ADHDの診察後の話と今後のブログの運営について

ブログをご覧の皆様、お久しぶりです。

僕は元気です。皆様はいかがお過ごしでしょうか。

約1か月近く記事を更新しておりませんでした。

その間も淡々と過ごしていました。

記事のポイント

色々と悩んだこの2ヶ月

このブログを開設したのは4月末で、初めて記事を書いたのは4月26日でした。

それから約1か月半が過ぎました。

このブログを開設したときは、本当に不安感情が強くキツイ時期でした。

現在の職場が僕には合わず、本気で悩み考え、うまくいかないのはADHDのせいだと結論付け、メンタルクリニックの診察や今後の生き方を真剣に考えた時期でした。

ADHDだろうなと感じるのと実際に病院で診断されるのは、自身の気持ちのとらえ方が大きく違います。

しかし、診断をしっかり受けて障害者手帳の交付や障害者枠での転職など、様々な事・僕の今後の生き方として真剣に考えました。

この2か月くらいは、挫折という意味で人生で1番苦しい時期でした。

ADHDの診察の結果は、ADHD・ASD共にチェックテストを受けた結果、該当せずと判断されましたが、適応障害と診断されました。

適応障害とは

ストレスによって、気分の落ち込み、意欲低下、不眠や身体症状が出現している状態で、最もよく見られる疾患の一つです。
 医学的には、個人的不幸・心理社会的ストレス因子に対する短期間の不適応反応のことで、ストレス性障害の一つです。通常、ストレスになっている原因が消失すれば、状態は速やかに改善し、新たな適応を得ると考えられます。アメリカの診断基準(DSM-5)では、症状はストレス因子の始まりから3ヶ月以内に出現し、ストレス因子の消失後6ヶ月以内に改善するとされています。また、ストレスの原因が持続する場合には、適応障害も引き続き持続します。
 診断基準では、ストレスの性質や強度は特定されていません。日常的な出来事が思いがけなく大きなストレスとなり、強い症状が出現している状態と言えます。
また診断基準(DSM-5)では、ストレスにより社会適応に支障を来していても、統合失調症や気分障害、神経症性障害が確認された場合、適応障害とは診断されません。

今回、適応障害となった要因はいくつかあります。

適応障害はストレス障害と言われて、強いストレスを受けることにより起こります。

ここからは自慢話ではなく、現実を淡々と書いていきます。

多分適応障害と診断された方は、近しい状況があるのではないかと思います。

適応障害になった要因

僕は、今まで約40年間生きてきて、大きな挫折を経験したことはありませんでした。

東証1部に勤めていた頃は、詰められることはありましたが、適応障害まではなってなかったと思います。

今の会社でも理不尽に詰められたりはします。

では、前の会社と何が違うのかと考えてみると大きな理由として、仕事以外の私生活のことを言われたのが大きな原因ではないかと思います。

今振り返ると、東証1部でも詰められていましたが、それは営業成績のことで本人の人格否定や私生活のことは一切ありませんでした。

現在の会社は、メールは全社員共有。

メールの誤字脱字はちくちく指摘が入る。

大きな案件を持ってくると理不尽に詰められる。

制約しても当たり前の態度。おめでとうという労いの言葉もない。

仲良くなった社外の方へ、僕が運営しているブログやYouTubeや案内すると代表にチクられて、副業しているだの転職活動しているだのとちくちく言われる。

挙句の果てには、辞めた後に副業禁止なのにやっているので訴えるなど。

※副業といわれますが、AdSenseとアフィリエイト、ココナラくらいです。

多分これが1番大きかったんだなと思います。

回復のきっかけ

何をやっても人並み以上にこなしてきました。その為挫折を経験したことがなく、今の職場は今までの、ある程度そつなくこなす自分とはかけ離れたものです。

今まで、スキル取得のために僕自身を追い込んで胃潰瘍になり出血しながらそれでもやらないといけないとムチを叩き仕事をしてきました。

しかし、今の会社でできない僕というのを知り、それを受け入れることですごく楽になりました。

はじめは、できない僕に対して、認めたくない自分がいてそれが本当にキツかった。

今まで大きなミスをしたことがない僕。

そういうことを顔出しの別のブログの記事にしており、上司から現状と乖離していると言われる。

ネットだから自分自身をヒーローの様に好き勝手にかけると。

顔出しのFacebookなどは、自己顕示欲の強いヒーローがよくいると思います。

僕の他のブログも顔出しをしているのでそういうところがあるのかもしれませんが、僕自身が考えても、今の会社は今までの会社と比べても別人と思えるくらい無能です。

そういうギャップがあり、仕事ができない無能な僕を認めたくない現実があるからこそ適応障害となりました。

しかし、無能な自分も全てひっくるめて受け入れることで、そういう自分もいるんだなと気づき、そしてそれさえも受け止める。

そうする事により、無能というレッテルも当たり前となりストレスから少し解放されます。

無能なので、気を張って頑張らなくても良くすごく楽になりました。

今後のブログの運営について

ADHDの診察をしてもらい、該当しなかった僕。

しかし、過去の苦しみは誰もが感じる事だと思います。

これからは、ADHDだけでなく適応障害をお持ちの方など、心の拠り所になるそんなブログを目指して運営していきます。

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この記事を書いた人

大人になってADHDと分かった僕。
障がい者手帳を取得するまでの日記と考え方。
今までの生き方を語ります。
きっと誰かの役に立つ。そんな気持ちで発信します。
結婚して子供は3人。
1人は発達障害のASD
仕事は辛いですが年収500万円頂いてます。
頑張って生きています。
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